従業員のミスと損害賠償請求その2-従業員の責任は会社の責任?-
はじめに
弁護士の山口真彦です。
本日も「従業員のミスと損害賠償請求」というテーマでお話ししたいと思います。
まず、本題に入る前にお知らせをさせてください。現在配信中の「経営者のための労働法講座」に加え、メルマガも始めました。
現在は「会社を守る最強の就業規則が出来るまで」というテーマで連載をしています。
就業規則の規定例も載せていますので、参考になるかと思います。
本ページの最後に登録フォームを載せていますので、ぜひご登録をお願いいたします。
それでは本題に入りましょう。
前回のおさらい
前回の「従業員のミスと損害賠償請求その1〜従業員の責任は会社の責任?」では、従業員のミスで会社に損害が発生した場合、「会社は従業員に対して損害賠償請求や求償の請求ができる」が「従業員が負担する責任の範囲は、諸般の事情を考慮して制限されます」とお伝えしました。
つまり、会社が全責任を従業員に負わせるというのは難しいわけです。
そのため、会社も責任を負うということを前提に、事前に対策をすることが重要になってきます。
従業員のミスの対処
まずはそもそも、従業員のミスが発生しないようにすることが一番ですよね。
従業員にミスがなくなければ、会社に損害が発生することは絶対にないため、一番は従業員がミスなく仕事ができる状況を作ることが大事になってきます。
もちろん、日常的な指導教育も当然必要ですが、ミスというのは、どうしても発生してしまうものです。今回特に強調してお伝えしたいのは、ミスが発生した時にまた同じようなミスを繰り返すことのないよう、1つのミスから多くのことを学ぶということが重要になってくるということです。
そこで、ミスが発生した場合、まず何をすべきかという話をしたいと思います。
よくある対応として、ミスが生じた場合にその原因を追求することがあると思います。
なぜそのミスが発生したのか原因を追求することはとても大事なことです。
この時に従業員に報告書を書かせている企業は多いと思いますが、従業員が書いた報告書にどのような言葉が出てくるかというと、
- 私の不注意でした。
- ケアレスミスです。
このようなことが報告書に書かれています。
そうすると、ミスに対する今後の再発防止策としては「以後気をつけます」ということになってしまいます。これが問題なのです。かなり属人的な対策になってしまいますよね。
つまり、その人自身が気をつけるという再発防止策になっていることが、またミスが生じる1番の大元の原因になるのです。
そこで、私の考えにはなりますが、会社では「以後気をつけます」というのは絶対禁句にすべきだと思っています。
このように「以後気をつけます」という形でミスをそのままにしてしまうと、先ほど記載したとおり、ミスの防止策が属人化してしまい全く再発防止に繋がりません。
正しいミスの対応策、社内での情報共有
この時にぜひ知っていただきたいのは、ミスが発生した場合に疑うべきは、ミスをした人間ではなく、「その人が仕事をしている仕組みやシステムを疑う」ことが一番大事だということです。
ミスが生じた場合には、その従業員の業務の過程を振り返り、その過程やプロセスの中の仕組みやシステムに問題がなかったか必ずチェックをしてください。
ヒヤリハット
もう一つお伝えしたいのが、「ヒヤリハット」です。
皆さんはこの言葉を聞いたことありますか?
これは有名な言葉なのですが、病院などでよく使われている考えになります。
ヒヤリハットというのは、
- 大きな事故が生じる前には、必ず仕事に従事している人たちがヒヤリとしたり、ハッとさせられたりするような小さな出来事が必ず生じている
- それが積み重なり、見過ごされることによって最後には大きな事故やミスにつながる
という考え方です。
この考え方を前提にすると、働いている人たちが危ないと思うヒヤリとしたような出来事やハッとさせられるような出来事が起こった場合、その後の大きな事故やミスにつながる可能性があるということになります。
そのため、そのような出来事が起こったら必ず社内で共有しましょう。一人の人が体験したことを全員で共有することも非常に重要になってきます。
これは、実際に医療業界などでは当然のように行われていることになります。
皆さんの業界・職種にも適用するとどうなるか。というのをぜひ一度考えてみていただければと思います。
労働環境の影響
次に、ミスが生じやすい職場環境になっていないかの確認も必要になってきます。
例えば、長時間労働や過大なノルマ等を従業員に課しているなどが挙げられます。
- 長時間労働が続いている
-
当然ですが寝不足になります。
そうすると、従業員の集中力が欠如します。集中力が欠如するということは、当然ミスが生じやすくなります。
特に車を運転するような業種の場合、寝不足が原因で事故を起こしてしまうことも考えられます。
- 過大なノルマ
-
過大なノルマを課していると、従業員にとっては過度なプレッシャーになります。
そうすると、そのプレッシャーが原因でミスが生じることもあります。
このように、集中力が欠如してしまう環境や、過度なプレッシャーを受けるような環境に従業員を置いていないか、経営者として必ず確認すべきです。
損害を他者に転嫁する
また、損害を他者に転嫁するという視点も忘れないようにしましょう。損害を被ったとしても、他人に転嫁することができれば、会社としては損害を被ってないということにできますよね。
そんな制度があるのかと思うかもしれませんが、皆さんの身近に存在しています。
それは、保険です。
例えば従業員が社用車で事故を起こし、人に怪我を負わせてしまった時について。
もちろん、これは人として反省すべき点ではありますが、怪我をした人の損害治療費や慰謝料が発生しますよね。そういったものについては、きちんと会社が自動車の保険に入っていれば問題ないわけです。従業員が事故を起こして社用車が壊れてしまっても、きちんと保険で賄うことができればいいのです。
このように、損害についてリスクを他者に転嫁する視点も忘れないようにしましょう。
なるべく様々な問題に幅広く適用できる保険に加入しておくことも、一つの方法になると思います。
突然の退職と就業規則について
次に、会社が従業員のミスによって損害を被る場合について、よく問題が生じる場面があります。それは、「従業員の突然の退社退職が伴う場合」です。
ある日突然、いきなりやめますと言われて出社しなくなり、引き継ぎができなかった取引先に迷惑かけた結果、会社に損害が生じるというような場面です。
このような場合に備えて、どうすればよいのか。
まずは、就業規則において退職の規定がどうなっているのか一度確認してみてください。よくあるのが、
- 民法の規定通りに2週間前までに退職届を出す
- 1ヶ月前までに退職届を出す
このような会社もあると思います。
しかし、なるべくやめるときは引き継ぎの期間を長めに取った方がいいです。
引き継ぎ期間が長ければ長いほど、確実に引き継ぎができるので、できればやめるのであれば早めに言ってほしいというのが経営者の思いですよね。
そういった思いが就業規則に本当に反映されていますか?というところです。
ちなみに、我々が今作成している就業規則は、この点をかなり厳密に定めています。例えば、退職の規定と退職金の規定をあえてリンクさせています。
このあたりについては、今回全部は説明できませんが、うまくリンクさせると従業員自らが早めに退職を申し出てくれて、引き継ぎまできちんと対応してもらえる仕組みに実はできるんです。
このあたりは別の機会でもお伝えしたいと思いますが、もしご興味があれば弊社に問い合わせていただければと思います。
損害賠償請求権
次に、従業員に対する損害賠償に関する、よくある質問についてです。
会社の従業員に対して損害賠償請求権が認められた場合。例えば、100万円損害が発生して、従業員に対して30万円は取り返すことができるとなったとします。
では、その30万円はどのように回収するのかという問題です。
よくあるのが、30万円を給与から天引きしてもいいですかという質問がよくあります。
回答としては、天引きしてはダメです。
これは、労働法の重要なルールの一つなのですが、給与は全額払いでないといけないので、勝手に天引きすることはできません。
もちろん、社会保険など天引きが法律で認められているものもありますが、損害賠償については天引きしてはいけないものになります。
従業員との自由な意思に基づいて合意がある場合、合意による相殺として天引きできるという裁判例も確かにあります。しかし、これは後々トラブルになってしまうことが多いです。
「確かに合意したけれど、あの時は社長から脅されて自由な意思に基づく合意ではなかった」と言われる場合もあります。
そして、自由な意思に基づいて相殺に合意したというのを会社が立証するのはかなり困難です。
このことから、基本的に天引きしないことをお勧めします。
給料を全額払い、その中の一部から支払ってもらうという形にされるのが一番いいと思います。基本的には天引きは合意があってもしない方がいいというのが私の見解です。
おわりに
従業員に対する損害賠償については、今回でおわりです。
次回からは別のテーマを解説しますので、お楽しみに!